スカイマーク整備士裁判 東京高裁、過労死認めず 

2016年12月07日 16:54
 2016年11月24日、太田労働基準監督署による労災補償の不支給決定は

不当だとして取り消しを求めた裁判の控訴審判決が、東京高裁でありました。

青野洋士裁判長は、深夜勤務の疲労度の高さを認めましたが、過労死だとは認めず、

原告側の控訴を棄却しました。

 以下は、その判決を不当として、抗議と上告の決意を示した、声明文です。


2016年12月7日

スカイマーク航空整備士・猪又労災死事件

東京高裁の不当判決に対して抗議し、上告を決意する声明

猪又労災裁判を勝利させる会

猪又労災訴訟弁護団


1 東京高裁第16民事部は、本年11月24日、スカイマーク航空の整備士であった猪又隆厚さん(被災者)の過労死労災事件について、労働災害であることを否定し、労災保険給付を不支給とした一審判決を維持する不当な判決を言い渡した。


この事件は、スカイマーク社に勤務するベテランの航空整備士(当時53歳)が、2008年(平成20年)6月28日、羽田空港への出勤の途中でクモ膜下出血を発症し、同年7月2日死亡したというものである。


遺族である原告(妻)が労働災害保険支給の申請をしたが、大田労基署は業務起因性がないとして不支給の決定をし、労災保険審査官への審査請求、労災保険審査会への再審査請求がいずれも棄却されたため、2011年8月3日、本件行政訴訟を提訴したものである。ところが東京地裁は、不当にも原告の請求を棄却し、原決定を取り消さなかったので、原告は東京高裁に控訴して、上記の判決に至ったものである。



2 控訴審において控訴人は、大要以下の2つの点について主張・立証を追加して、被災者が従事していた勤務が著しく過重なものであった事実を明らかにするとともに、深夜勤務・交代制勤務(シフト制勤務)は人間の生理的リズムに反するため、通常の日勤勤務と比較して心身への負担が極めて大きいことを実証的・科学的に解明した。 


(1)スカイマークの夜間整備作業の実態について


原告は、航空法令が求める認定作業者制度の下では、確認主任者によってなされるべき作業(A項目作業)を無資格者に委ねることは許されないので、A項目作業が並行・重複することのないように配慮した作業スケジュールを組まなければならないものと想定した。しかし、スカイマーク社内の整備資料によって作業の実情を再現すると、A項目作業の並行・重複が随所に見られた。そのため、被災者はA項目作業を実質的に自分で実施するように行動することを強いられたので、そのような作業の実態は、大きな過重負荷であったことを指摘した。ところが原判決は、原告が分析した夜勤の実情について、そのような実情であったとは限らないとして、その業務の過重性を否定した。


そこで控訴人(原告)は、原判決が判示するとおりに、スカイマーク社の整備資料に記載された作業時刻を、順次後ろに回すように配分してA項目作業が並行・重複しないように作業スケジュールを想定し、分析をし直した。


ところがそうすると、当該夜勤において実施したはずの作業が、翌朝の所定時刻までに終了しない結果になり、あるいは朝まで全く休憩を取ることが出来ないような作業スケジュールが生じる事態になった。


すなわち、被災者の従事していた作業の実態は、上記のどちらの分析・想定によっても、いずれも過重な負荷を生じさせるものであり、これは毎日の夜勤における作業量に比較して、確認主任者の数が決定的に不足していて、そもそも適法かつ無理のない整備作業が実現できない実態にあったことによる結果である。


   ところが高裁判決は、控訴人の分析は仮定の業務実施状況を基にしたものであるところ、その仮定された業務実施状況が被災者の実際の業務実施状況と近似することを認めるに足りる的確な証拠はないとして、この主張を一蹴した。しかし、既に被災者は死亡しており、遺族には何らの材料ものこされていない。また、スカイマーク社には労働組合すらなく、業務と労働の実態を明らかにしてくれる協力者も得られない。そこで控訴人は、同じ航空法のもとで、同じ型式の航空機を整備していた全日空の整備士達の協力を得て、航空機整備の実務やボーイング社のマニュアルに準拠して、こうした分析・検討を尽くしたのである。


控訴人が、ここまで調査・分析と検討を尽くして、スカイマーク社の整備資料から読み取れる合理的な作業スケジュールの想定をしたのにもかかわらず、それを「証拠がない」の一言で排斥してしまうのであれば、過労死の救済を求める裁判は、「死人に口なし」の暗黒裁判に陥るしかなくなる。公平な裁判、被害の救済が可能になる訴訟手続きという観点からすれば、被災者側が一定の合理性を有する分析と推論を提示したならば、それ以上の証明については挙証責任を被告側に転換して、事実の解明を求めるべきである。過労死事件と同様に、挙証責任の壁に阻まれて救済が放置された公害事件においては、既にそうした法理論が確立されている。


   さらに、控訴人の主張は、上記のとおり、どちらの分析・想定によっても、いずれも過重な負荷を生じさせるという結論なのであるから、基礎となる業務実施状況の証拠がないという論法でこれを排斥するのは、挙証責任を口実に判断を放棄しているに等しい。


   このような歪んだ判示は、裁判を受ける権利を実質的に無意味にしてしまうものであり、裁判所の任務放棄というべきである。



(2)アンケート調査に基づく実証的な検討について


深夜勤務・交代制勤務(シフト制勤務)は人間の生理的リズムに反するため、通常の日勤勤務と比較して心身への負担が極めて大きい。深夜の交代制勤務は、睡眠時間の短縮や睡眠の質の低下などの睡眠障害を招き、高血圧の原因となるとともに、睡眠中の脳血管内壁の修復を阻害して、動脈瘤の破裂など、様々な脳血管障害を生じさせる。そこで、労働者の健康を守るためには、深夜勤務の前後に十分な休養をとること、勤務時間の短縮、休憩や仮眠時間の確保などの配慮が求められる。ところが原判決は、このような実態を認めず、その負荷を正しく評価することをしなかった。


そこで控訴人は、猪又労災裁判を勝利させる会を通じて、深夜勤務、交代制勤務に従事する様々な労働者(航空整備士のほか、パイロット、航空管制官、医療関係者など)に大規模なアンケート調査を実施し、その結果を佐々木司博士(労働科学研究所)が科学的知見に基づいて分析検討するという、極めて実証的な研究成果による立証を得て、提出した。


   ところが高裁判決は、こうした科学的知見の内容を肯定し、さらにアンケート結果に現れた実情との符合を認めながら、被災者の就いていた勤務シフトには「一定の配慮」があり、「不規則極まりないものではない」として、これを過重な負荷であるとは言えないとしてしまった。しかしその理由とされているのは、「前日より翌日の勤務開始時刻が遅くなる態様」や深夜勤務の「翌日には必ず休日が配置」されていること等に留まり、これらはいずれも、深夜勤務における当然のルールに過ぎない。深夜勤務・交代制勤務(シフト制勤務)において、前日より翌日の勤務開始時刻を早める「逆転シフト」は、やってはならない禁忌であるし、夜勤の翌日を非番(休日)にすることなど、どの職場においても確立されている当然のことである。


   このような緩慢な判断によって業務の過重性を否定するのであれば、深夜の交代制勤務の過重性に関する医学的知見など、もはや無視されているに等しい。



3 以上のとおり、控訴人の主張・立証が尽くされたのにもかかわらず、高裁判決は一審判決の誤りを維持し、大田労基署の不当な決定を追認して、過酷な深夜勤務に従事してクモ膜下出血を発症した被害の救済を放棄した。


折しも、過労死防止法施行から2年余が経過し、過労死の原因究明に国が取り組まなければならない時期にありながら、電通という巨大企業における悲惨な過労自殺事件の報道に、あらためて過労死という重大な社会問題が、国民的な批判の対象になっている。そのような中で出された不当判決は、社会的要請に応えず、司法の役割を放棄したものであり、その責任はまことに重大である。



4.私達は、今回の判決に屈することなく、最高裁判所に上告することを決意した。そして、すべての深夜勤務・交代制勤務(シフト制勤務)に従事する労働者の命と健康を守る政策を実現することを求める。そして、これらを通じて、規制緩和の影響を強く受け続ける民間航空における、航空の安全を確保するよう求めるものである。

以上